紅葉便り

By , 2019年12月12日 9:16 PM


安斎院の紅葉と泉二町のオオカンサクラの黄葉

東桜2丁目辺りは1610年から始まった清須越によって城の防衛のため曹洞宗、日蓮宗、浄土宗と宗派ごとに沢山の寺が集められました。戦災によって多くの寺が失われ、寺域も狭くなりましたが、今でも当時の寺が残され「東寺町」をつくっています。今年の紅葉は夏の暑さからでしょうか12月12日の今日、場所によってはまだまだ色鮮やかな紅葉を見ることが出来ます。
曹洞宗「安斎院」については右の記事の分類から東寺町を見て下さい。

IMG_4977.jpg安斎院縮小 IMG_4983.安斎院山門
しっかり、葉を残した安斎院のモミジまだは見頃です  山門奥の庭のモミジ
IMG_4991.jpgオオカンサクラ 紅葉 泉二丁目と三丁目を分ける南北の道はオオカンサクラの並木道で、来年春には市内でいち早く咲く桜で有名です。
今年は黄色に色づいた葉がまだまだしっかり残って綺麗です。
   

 

紅葉たより

By , 2019年12月8日 2:49 PM

徳川園の紅葉
今年の紅葉は夏の暑さからか例年より色づきが遅れ、12月になっても楽しめます。昨日7日徳川園の紅葉は場所により盛りを過ぎた所、まだまだ緑を残した所、1カ所で緑、オレンジ、グリンとグラデーションを楽しめる所と様々です。

IMG_4970.jpg虎仙橋縮小 IMG_4964.jpg縮小
 黒門口を入ってすぐにある虎仙橋(こせんきょう)の紅葉は目の前に見ることが出来ます  虎仙橋から下を眺める「虎の尾」を呼ばれる小道はスタジイの樹木の間に現れコントラストが綺麗です。
IMG_4968.jpg大曾根の滝縮小 IMG_4975.jpgドウダンツツジ縮小
 虎の尾を通り過ぎ、奥に行くと「大曾根の滝」があります。この場所は毎年一番遅くまで紅葉が楽しめます。まだ緑のモミジも沢山あり、グラデーションが綺麗です。  「大曾根の滝」を通り里山が広がる開けた一帯にドウダンツツジが色鮮やかです。


モミジばかりに気を取られている中、足元に可愛い実のなる植物も見つけることが出来ます。千両、万両はおなじみですが、十両と名の名のついた可愛い実を見つけました。一両から億両まであること知っていますか?名前の由来は実の量で付けられたと云います。万両は実が多いですよね。

IMG_4967.jpgヤブコウジ群生 IMG_4966.jpgヤブコウジ
 大曾根の滝を見て左の「一両」の群生。別名「ヤブコウジ」 高さは10~20cm。正月用の寄せ植えに使われる。

 

ゆかりの地を訪ねて

By , 2019年11月26日 9:27 PM

小牧山城 小牧市堀の内一丁目地内
小牧山城は永禄6年(1563)織田信長により築城、清須から居城を移したと云われています。その後天正12年(1584)豊臣秀吉と徳川家康による小牧、長久手の戦いでは小牧山に家康の主陣地が置かれ大規模な改修が加えられました。現在そんな主郭地区が小牧市によって発掘調査されています。江戸時代には尾張徳川家の管理のもと保護がなされてきたという尾張徳川家ゆかりの小牧山城跡を訪ねてみました。現在は史跡公園として山頂には昭和43年天守閣風建築の小牧歴史館が完成しました。県道小牧春日井線の南、小牧市役所前の大手口を入り歴史館まで登るすぐ左手に「徳川源明公墓碑」を見つけました。源明公とは尾張中興の祖と云われた九代藩主宗睦(むねちか)公で、元々は尾張徳川家の菩提寺である東区の建中寺にありましたが、昭和28年の区画整理により移転を余儀なくされ徳川家に縁が深いこの小牧山城に移設されたと云います。

IMG_4646.jpg縮小 小牧山マップ1145

小牧山は昭和5年尾張徳川家19代義親氏により小牧市に贈られて以来自然公園として一般市民に親しまれてきました。昭和60年小牧山が市に贈られて満55年、又市制30周年を記念してこの山頂近くに義親氏の銅像が建立されました。名古屋市東区にある徳川園も昭和6年庭園と邸宅が義親氏により名古屋市に寄贈されましたが、同じ頃の寄贈であったと改めて思いを新たにします。

IMG_4653.jpg徳川義親像 この階段を登る途中に像がある IMG_4649.jpg歴史観への道頂上には小牧歴史館

東生涯まつり

By , 2019年11月17日 8:04 PM
IMG_4792.jpg生涯学習センター 11月16,17日は東生涯学習センターで開催される「東生涯まつり」でした。
「ときめきの風は東から」と題して日頃生涯学習センターで活動されている方々の成果発表が2階各教室でのパフォーマンス、3階体育館では作品展示などがありました。
IMG_4797.jpgガイド風景 IMG_4801.jpg作品展示
 生涯学習センター前にある「お下屋敷跡」の標札前でガイドボランティアによるガイドの様子 3階体育館では木の実を使ったリース、ツリー、
他のコーナーでは俳句、編み物、水彩画の展示などが見事

歩こう!文化のみち

By , 2019年11月3日 8:28 PM
IMG_4700 (1).jpg佐助邸内部 IMG_4714.jpg橦木館前
 豊田佐助邸の一室で東区の魅力をパネル紹介  文化のみち橦木館前を歩く大正浪漫着物道中

令和元年となった今年は11月3日に毎年東区文化のみち界隈で開催される第20回「歩こう!文化のみち」でした。薄曇りの日ではありましたが、町並み保存地区の豊田佐助邸ではガイドボランティア作成のパネル展示、橦木町の山吹谷公園では舞台も設置され高校生によるコンサート、パフォーマンスなどが披露され賑わいました。

なごやかひがしまつり

By , 2019年10月20日 8:57 PM
踊りimage1 (1).jpeg民謡 名古屋まつりと同時開催で、東区建中寺公園では「なごやかひがしまつり」が開催されました。模擬店コーナー、建中寺ステージではウクレレバンドの演奏、高校生によるダンス、書道パフォーマンス、ロードステージでは東区女性有志による民謡おどりなど多彩な行事が繰り広げられました。
午後3時には名古屋まつり行列に参加した山車5輌がロードステージに集合の後、からくりが披露されました。

名古屋まつり山車

By , 2019年10月20日 8:28 PM
image1 (1).jpeg山車中の切り縮小 image1.jpeg小出来山車.jpg縮小
 市指定文化財 出来町三丁目 河水車          新出来町一丁目 鹿子神車(かしかじんしゃ)

昨日19日の名古屋まつりは雨のためパレードなどの名古屋まつり行列が中止となりました。今日は快晴のなか恒例の郷土英傑行列が市役所を出発して矢場町までを練り歩きました。東区からは山車5輌が市役所に集まり、名古屋まつりの行列に参加しました。午前8時30分頃氏子達の先導により国道19号線平田町(へいでんちょう)交差点を通過する様子です。

松山神社の例大祭

By , 2019年10月14日 7:45 PM

東区寺巡りを終わって、これからは東区で行われる祭りを追ってみたいと思います。

IMG_4605.jpg縮小 IMG_4603.jpg縮小


秋は五穀豊穣を感謝する大祭が各社寺で行われているが、泉3丁目(旧飯田町)の松山神社では14日午後3時から祭典が挙行され、6時30分からは松山神社総代会主催による夜店が開催され、近隣の氏子がつどい、ゲーム大会、スーパーボールすくい、ヨーヨー風船など子供たちが楽しんでいました。

東区寺巡り(No.23)

By , 2019年10月9日 8:57 PM

霊鷲山(れいしゅうさん)長母寺 矢田三丁目
1年をかけて22カ所の「東区寺巡り」をしてきましたが、今迄紹介した寺は清須越によって移って来たもの、あるいは名古屋遷府後尾張徳川家とゆかりのある寺として創建されたものばかりです。東区の寺は徳川家ゆかりの寺が非常に多いのですが、尾張徳川家が寺院を保護したことが大きいようです。全国的に見ても愛知県は寺院の数が一番多く、約4600カ寺(文化庁の宗教統計調査)もあるそうです。寺巡りの最後として紹介するのは名古屋遷府以前からこの地に存在した「長母寺」です。

この寺は平安時代末期1179年この地にあった山田荘の支配者であった山田次郎重忠が母の菩提を弔うため創建したと伝わる寺院です。
その後衰退しましたが、弘長2年(1262)無住国司(むじゅうこくし)が来住し、臨済宗を興し長母寺としました。無住国司は没するまでの50年間、ほとんど長母寺で過ごし仏教の教えを分かりやすく面白く書き直し、節をつけて語ったのが「尾張万歳」の始まりだと云われています。1767年矢田川の大洪水で裏山が抜け、寺の南を流れていた矢田川は以後北を流れることになり、守山村とは川を隔て現在は東区となっています。

CIMG9704.jpg縮小 CIMG9707.jpg縮小
 長母寺山門 三間一戸の薬医門。18世紀後半築造  本堂(登録文化財)明治24年の濃尾地震3年後再建

東区寺巡り (No.22)

By , 2019年9月21日 6:35 PM

長尾山東界寺 出来町3-1
今回は少し足を延ばして基幹バス停徳川美術館南をさらに東に行くと南北に走る中央本線のすぐ東にある東界寺を紹介します。ここまで行くと千種区の区境に近く東区の東端に位置しています。
東界寺は真言宗の寺で本尊は薬師瑠璃光如来です。尾張徳川六代藩主継友(つぐとも)公の実母、泉光院殿が亡き父の菩提を弔うため享保13年(1728)名古屋城の東方に創建されました。泉光院が三代藩主綱誠(つななり)公の側室であったことから本尊は綱誠公の念持仏であった薬師如来を賜り、薬師様の命日旧暦10月8日(現在の11月8日)の提灯祭りは参詣者が境内にあふれたといいます。当時の寺域は2000坪近くもありましたが、幸い昭和20年の戦火を免れ、戦後の区画整理で現在は1000坪弱となったそうです。本堂は平成7年頃の再建、通りに面した仁王門は平成29年11月12日に落敬法要が営まれました。左右には金剛力士像を安置、門の中央には紅白の綱が下がっています。これが薬師如来様の指に結ばれ如来様とつながり、ご慈悲を受けられるということです。毎年11月8日は本尊薬師御開帳大祭会が執り行われ、午後4時から6時まで提灯に灯りがともされます。耳の病には霊験あらたかで祈願の後、治癒すれば底抜けの柄杓(ひしゃく)を奉納します。詰まっているものが開いて通ずるようにとの祈願でからです。
★仁王門の金剛力士像は寺院に仏敵が入ることを防ぐためで、開口の阿形(あぎょう)、口を閉じた吽形(うんぎょう)で一対となり、左右に安置されています。

image1.jpeg東界寺2.jpg縮小 image1.jpeg東界寺3.jpg縮小
 金剛力士像を従えた仁王門  本堂、右手には薬師如来に繋がる綱がある
image1 (1).jpeg東界寺 2image1.jpeg東界寺金剛力士像
 中央には2本の綱が下がり、本堂へとつながっている   右手にある口を開いた仁王像の阿形(あぎょう)

★参考資料 尾張名所図会 東界寺縁起 住職様のお話し

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