百度石を見つけよう!(4)松山神社

By , 2011年4月28日 5:59 PM
(1),(2),(3)の百度石は寺に有りましたが今回は神社に有ります。
松山神社(泉三丁目2-29)
 松山神社は大永年間(1521~1528)に出羽国羽黒山の修験者が霊感を得てここに日の神、天照大神を祀ったことによります。その後尾張三代藩主綱誠の祈願所となり多くの人が参拝に訪れたといいます。江戸期の古地図を見るとこの場所は「天道」と記されています。太陽のことを「おてんとうさま」と言いますが日の神であることが伺える。西を向いた社で参拝者は東を向いて朝日の輝きを受けて拝むことが出来るということです。
 
 

 

  左端に見えるのが拝殿、ここの間を行きつ戻りつしたの
 でしょう。  
  保存樹ケヤキの隣に建っています。
大正五年二月の建立 七小町 櫛田  ぎん
                    仝   次郎
百度石の裏には上記のように刻まれています。七小町はこの松山神社の隣町、近隣の篤志家の寄贈によるものでしょうか場所は(3)で紹介した観音院から西へ徒歩5分ほどです。
観音院で記載したグーグル地図を西へスクロールしていただくと見つけることができます。    

2 Responses to “百度石を見つけよう!(4)松山神社”

  1. yamabuki より:

    百度石!
    その昔、病の回復や願い事を叶えるために毎夜毎夜お百度参りをしたという
    お話をよく耳にしましたが、今はそうする人も殆どいないのでしょうね!
    神様、仏様を信じていた往時の庶民の心が伝わってきますね!
    今ではお百度参りなど信じないでしょうが、人の心の奥にはそういう気持ちは
    残っているように思えます!
    初詣やその他神社仏閣へでかけると私もいつの間にか手を併せて頭を垂れて
    います・・・
    そして沢山の季節の花の紹介もいいですね! 嬉しいです・・・
    黒花蝋梅なる花があるのを始めて知りました!蝋梅は黄色だけと今まで思っていました!

  2. walker より:

    yamabuki様、コメントを有難うございます。仰せのように神仏を信じてお百度参りをした当時の庶民の素朴な生活が伺われますね。東区の百度石はまだまだ沢山あります。ゆっくり歩きで見つけてみます。

Leave a Reply

Panorama Theme by Themocracy