市政資料館の桜いろいろ(2)

By , 2012年3月30日 7:49 PM

トウカイサクラとツバキカンザクラ 

  トウカイサクラが見頃を迎えてきました。花は小さいですが小木でも沢山の花を付けます。花色も薄く可憐な感じです。

    ツバキカンザクラ、この桜も開花が早く満開です。高い枝に花を付けているので写真が撮り辛く、花の形が良く分からないかもしれませんが、雄しべ、雌しべとも長く突き出て中心が椿の花のように見えることからこの名が付いたようです。花の色は濃い目です。

 オオカンサクラの蜜をなめにきたメジロたちです。群れで何十羽も飛んできましたが、動きが早くシャッターがうまく切れませんでした。

市政資料館の桜いろいろ(1)

By , 2012年3月28日 7:48 PM

 名古屋市政資料館(旧名古屋高等裁判所)前にある庭園には沢山の種類の桜の木があります。今年は桜の開花が遅く、新聞の「桜だより」もソメイヨシノはまだつぼみ状態です。そんな中いち早く咲く桜、オオカンサクラが満開です。萬蔵の「石造物を見つけよう!」を少し休んで開花時期が違う桜を順次紹介してみます。
 市政資料館についてはこちらをクリックしてください。
オオカンサクラとカンヒザクラ

 オオカンサクラは桜の中で開花が一番早く、今満開です。ソメイヨシノに比べて花色が濃く、花が大きいのが特徴です。

   トウカイサクラ  咲き始めたばかりです    カンヒザクラ 下を向いて充分に開かないのが特徴

伊藤萬蔵寄進の石造物を見つけよう!(1)

By , 2012年3月24日 8:29 PM

七尾神社の狛犬 (白壁二丁目28-19)
 いよいよ、東区にある「伊藤萬蔵寄進の石造物を見つけよう!」シリーズとなります。第1回は七尾神社です。ここはかつて「百度石を見つけよう!」で紹介した神社ですが今回は萬像寄進の狛犬を見つけました。
 この七尾神社は室町時代創建の寺で永正寺と称した真言宗の寺で、江戸時代前期には成瀬家の祈願所でした。明治の神仏分離で廃寺になり七尾神社となったということです。学問の神様「七尾天神」として親しまれています。
★参考 「ひがし見聞録」

  左の狛犬の台座には 「伊藤萬蔵」 と刻まれている   右の狛犬の台座には 「名古屋市塩町 」と刻まれている
 

左の狛犬の背面には「明治三十年一月」と刻まれています。建立から115年、石を良く見ると年月の経過が 分かります。

伊藤萬蔵について(その3)

By , 2012年3月19日 1:02 PM

 萬蔵の石造物寄進の最初は29歳の時で文久元年(1861)西区にある「宗像(むなかた)神社」への狛犬の寄進でした。でもこれは3名の連名による共同寄進でした。その後単独での寄進は慶応3年(1867)実家の菩提寺である「常保寺」(現一宮市浅野)に石灯籠一対を寄進したのが最初、この時35歳でした。ここには「平野屋万蔵」と屋号で彫られているという。きっと成功したあかしを故郷に飾りたかったのでしょう。
 最後の寄進は大正15年(1925)9月、知多四国五十九番札所「玉泉寺」(現常滑市大谷)で92歳でした。この間65年にわたって石造物を寄進し続けたことになります。萬蔵が生きた時代は三百余年続いた幕府が崩壊、明治新政府に移行する激動の時代でこの機会を逃すことなく波に乗ったようです。
 亡くなるまでに一体どれだけの石造物が寄進されたのか、北海道を除く全国にあるといいます。次回からは「東区にある萬蔵寄進の石造物」シリーズとしますが今回、共同寄進である「宗像神社」へ出かけてみました。機会あれば他の2箇所も訪ねてみたいと思っています。

  西区上名古屋二丁目、浄心近くにある宗像神社   えっ!石造物とばかり思っていましたが狛犬は青銅!
   正面に3名の名が、伊藤萬蔵は右から3人目、
   この時の彫りの深さは浅く、文字も小さい
   写真の上でクリックすると大きくなります
    裏に回ると「文久元年酉年」と刻まれている
    今から約150年前ということになります

★驚いたことに青銅の狛犬とは・・・。石造物とばかり思っていましたが、他にもあるのでしょうか?
 参考 石造物寄進の生涯  伊藤萬蔵

伊藤萬蔵について(その2)

By , 2012年3月15日 7:59 PM

 萬蔵の住宅があった塩町(しおちょう)は堀川にかかる景雲橋西側の南部分です。塩町は開府当初、清須越による塩商人が多く住んだことから寛文7年(1667)にはこの町名となりましたが後に米の先物取引をする「延米(えんまい・のべこめ)商売」をする業者の居住する町へと変わっていきました。萬蔵はこの業界に丁稚として住み込み商人としての第一歩を踏み出し、米の投機を覚え塩町四丁目に屋号「平野屋万蔵」を立ち上げ相場師として活躍することになるのです。
 明治10年には景雲橋上流、塩町三丁目6番地に取引所「名古屋米商会所」が開業、その発起人の一人として「伊藤萬蔵」の名があります。しかしこの業界から以外に早く身を引き金融業、貸家業へと移り、そこから上がる莫大な利益を得たのでした。萬蔵はこうして一代で財を築き石造物の寄進につぎ込みました。
 「なぜ寄進されたのは石製品ばかり?」というのは建造物などではいつかは痛み修復が要る。子孫に迷惑がかからないようにとの配慮もあったのではないかという説もあります。
★写真は「石造物寄進の生涯・伊藤萬蔵」から頂きました

    浅間神社(西区那古野一丁目)昨年5月撮影    伊藤萬蔵寄進の狛犬 (赤いよだれかけは通常、稲荷
   神社でキツネにかけられているようですが)
 左の狛犬       納                            右の狛犬     奉
           蔵萬籐伊                                   塩  當
                                                    町  市
 

★塩町西の四間町(しけみち)の又西にある浅間(せんげん)神社で萬蔵寄進の石造物を見つけました。
 筆太の行書体で彫りの深さは人差し指の第一関節が入るくらいあります。
 次回伊藤萬蔵について(その3)をアップした後いよいよ「東区の伊藤萬蔵寄進の石造物を見つけよう!」とします。

伊藤萬蔵について(その1)

By , 2012年3月11日 9:30 PM

★まん蔵の「まん」は中日新聞「あいち賢人」又「平野屋万蔵」として「万」と使われたこともありましたが、石造物を見ると「萬」のようですので以後「萬蔵」とさせて頂きます。
 伊藤萬蔵は江戸後期の天保4年(1833)に愛知県一宮市の農家に生まれましたが、家貧しく農産物を売りに名古屋まで大八車で
一日2回往復したと云います。その後名古屋城下の米穀商に奉公に出されました。
 明治になり時流にも乗り、米の仲買、株取引、金融、賃家業と手を広げ巨万の財力を得たといいます。昭和2年(1927)94歳で死去しましたが天保、弘化、嘉永、安政、万延、文久、元治、慶応、明治、大正、昭和と実に11代の元号を生き抜いた人でした。明治から大正にかけて全国の社寺に灯籠、狛犬、香台などの石造物を寄進、東大寺、高野山、京都、奈良などの名刹、その数は確認されたものだけでも450基以上、一説には1000基を越えると云われています。自宅は美濃路沿いの名古屋市西区塩町(しおちょう)四丁目でしたが、子孫は戦前に昭和区に転居されました。跡地は現在駐車場となっています。

那古野1丁目
  この駐車場奥には平成20年頃までは6棟あった蔵の
  1棟だけが残っていたそうです。
   かつて塩町四丁目十五番地、現在は那古野一丁目です。

 

伊藤萬蔵をリサーチしてしているうちに近くにお住まいの
「四間道歴史散歩の会」所属の河原茂樹さんを紹介して
頂きお父様が戦前に撮影された萬蔵さんの土蔵が写った
写真のコピーまで頂きました。
 手前の土蔵は駐車場奥にあった萬蔵家のもので西側
(裏塩町)から撮ったものです。
昭和10年代と思われるということです。
    同じアングルで写してみました。手前にあった土蔵は今は
    駐車場で、奥の蔵はお隣のものです。
    白壁だった蔵はトタンのような黒い波板で覆われていま
    した。基礎の石積みだけが当時をしのばせています。

★伊藤萬蔵についてはもうすこし詳しく説明をしてから「伊藤萬蔵寄進の石造物を見つけよう!」シリーズとします。
★参考 中日新聞「あいち賢人」伊藤万蔵
     石造物寄進の生涯・伊藤萬蔵    発行所 ブックショップ 「マイタウン」
     名古屋人の反省「名古屋奇人伝「伊藤萬蔵」さんを追う! 発行所 ブックショップ 「マイタウン」

オオカンサクラの話

By , 2012年3月3日 3:49 PM

 今年の冬は寒さが厳しかったため桜の開花も遅れているようです。名古屋でいち早く咲く東区泉2,3丁目(地下鉄高岳)桜通りから北へ続く約1kmはオオカンサクラの並木道です。桜通りに近いオオカンサクラは古木のため、倒木の危険があるということで昨年末取り払われてしまい、写真のような立て札が立てられています。現在立て札が2箇所、そして古木に代わって少し離れて若木が2本植えられています。

 立て札の横には3月11日(日)に行われる「名古屋ウィメンズマラソン2012」の予告がありました。この桜通りを往路西へ、復路東へ走る女子マラソンの応援に出かけ、このオオカンサクラの花見も出来ると良いのですが、今年はちらほらかもしれません。

植え替えられた若木です。
この並木道を北へ行くと「文化のみち二葉館」があります。
二葉館前のオオカンサクラは二葉館が開館した平成17年に植えられたもので大きくなってきました。

★シリーズで投稿していた「屋根神様」を見つけよう!」は12回で終りとなりました。まだ他にもあるかも知れませんがどうもこれが屋根神様という確信がとれずこの回で終了とさせて頂きます。
次回は色々考えた結果、全国の寺社に灯籠、狛犬などの石造物を寄進した名古屋市西区出身の伊藤万蔵さんの寄進物を取上げてみたいと思います。でも伊藤万蔵さんを知っていますか?第1回は万蔵さんの紹介、その後万蔵さんが東区に寄進した石造物を見つけ、シリーズで発信したいと思います。

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