名鉄瀬戸線に「社宮祠(しゃぐじ)停留所」が?

By , 2012年5月17日 3:44 PM

 前回の社宮司神社を尋ね歩いていたら東区芳野町近辺にかつて名鉄瀬戸線「社宮祠停留所」があったことを知り、ビックリでした。この辺りの瀬戸線は北区と東区の区界であり、平成2年9月からは高架となっています。この尼ケ坂駅と森下駅間0.9kmの間に大正、昭和の初めまで「社宮祠停留所」があったということでした。

    国道41号線と交わる清水駅の東にある駅です
    地図上では北区にあります
    平成2年からは高架となりました

 この路線の歴史は古く「瀬戸電気鉄道」を前身とし、明治38年矢田~瀬戸間の一部開通、その後市内線として明治44年10月には堀川駅まで延伸され、名古屋城の外堀を経路として建設された珍しいものでした。昭和14年には「瀬戸電気鉄道」は名古屋鉄道と合併して「名鉄瀬戸線」となりました。
 「社宮祠停留所」は明治44年5月開業、昭和19年営業休止、正式な廃止は昭和31年ということです。当時は清水から東へ尼ケ坂、師範下、社宮祠、坂下、森下と続き、今ではこの間の三駅が廃止されています。駅と駅の間はわずか200~300mぐらいのところもあり、隣の駅が見えるほどでした。社宮祠神社参拝のため瀬戸線に乗り、この駅で大勢の人達が乗り降りしたのかと当時を偲ぶ思いです。

★上の路線図は大正13年「瀬戸電気鉄道株式会社」発行の時刻表の中の路線図です。この路線図には表記されていませんが、「第一師範学校(後の愛知教育大学)が南の高台にあり、その下に師範下駅があったということです。開業は明治44年と記録に残されていますが、廃止の日付が不明のようで、この路線図発行の頃にはすでに廃止されていたのかもしれません。
★参考 瀬戸線の歴史90年  われらが「せとでん」激動のドラマ
     せとでんの歴史 「前島一廣」
     瀬戸電鉄沿線案内

2 Responses to “名鉄瀬戸線に「社宮祠(しゃぐじ)停留所」が?”

  1. グランパ より:

    瀬戸電の路線図、懐かしく拝見。う~ん楽しい。お堀の中を走り景雲橋止まりだった瀬戸電はよく覚えています。

  2. walker より:

    グランパ様、コメントを有難うございました。お堀の中の線路、堀川・土居下間は昭和51年廃線、代わって昭和53年3月栄町乗り入れとなりました。カーブの多い路線が懐かしいですね。

Leave a Reply

Panorama Theme by Themocracy