句碑・石碑を見つけよう!(NO.1)

By , 2015年3月1日 10:09 PM

新しい年となった1,2月を諸事情でお休みしてしまいました。3月に入り日差しも明るくなり、桜の便りも待たれる季節になってまいりました。今月から心も新たにして又、「東区を歩こう!」を発信していきたいと思っています。今回のシリーズは「句碑・石碑を見つけよう!」と題して東区にある石碑を見つけながら歩きます。

「蕉風発祥の地」 中区錦三丁目

 この地は芭蕉が貞享元年(1684)の冬、伊賀上野から江戸に下る途中名古屋に立ち寄り、名古屋の青年俳人らと連句の会を催して句集「冬の日」の歌仙を興行したところという。俳諧は連歌から生れ、当初は「洒落」や「滑稽」を主たることばの遊びでしかなかったが、芭蕉は初めて芸術の領域まで向上させたという句集でこの歌仙を興行した場所を「蕉風発祥の地」とよんでいる。
その場所は「宮町通久屋町西へ入ル南側」にあった「傘屋久兵衛宅」とある。現在のテレビ塔東北の脚あたりと推定され、昭和45年12月「蕉風発祥之地建碑委員会」によって文学碑が設置された。
この辺りは昭和41年3月までは東区久屋町と表記されていたが現在は中区錦三丁目となっている。
DSC00111.jpg蕉風発祥の地
DSC00116テレビ塔前芭蕉石碑  DSC00115.jpg芭蕉石碑
  側面から見た石碑だが左手には名古屋テレビ塔  蕉風とは芭蕉とその門人によって確立された俳句の作風をいう

 

 

 

4 Responses to “句碑・石碑を見つけよう!(NO.1)”

  1. yamabuki より:

    お待ちしておりました。また新しく東区の歴史探訪が始まるようですね。
    芭蕉の連句の会の催しが今回シリーズのプロローグ、私は奥の細道に興味がありますが、その5年後元禄2年(1689)3月奥州、北陸、美濃へ旅立っています。
    名古屋市の象徴テレビ塔の橋脚の一つにも芭蕉ゆかりの跡、歴史が残るのは不思議
    な思いです。
    東区の句碑・石碑探訪、これからも楽しみにしております。

  2. walker より:

    yamabuki様
    早速のコメント有難うございました。東区にはそんなに芭蕉ゆかりの跡はありませんが、次回にもう一つご紹介できる所があります。
    今年も引き続き応援してくだしね。

  3. Ozzy より:

     梅もようやく咲き始めました。
     また、新しい区内での旅。楽しみにしています。

  4. walker より:

    ozzy様、コメントを有難うございました。
    しばらくお休みしてしまいましたが、このブログを開けていただき
    嬉しい限りです。今年も東区を歩き新しい紹介をします。
    「ふたばの日」の動画が、旬を過ぎてしまいましたが、見てください。

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