句碑・石碑を見つけよう! (No.2)

By , 2015年3月17日 1:14 PM

「了義院の芭蕉句碑」 徳川二丁目
この寺は妙見山了義院と称し清須越日蓮宗の寺である。昔は月見の名所として「尾張名所図会」「尾張名陽図会」にも書かれている。
芭蕉は貞享5年(1688)三日月を眺める名所と云われていた大曽根坂上と呼ばれた高台にある成就院(当時の名)を訪ね、下記の句を詠んだ。現在でもこの寺周辺はなだらかな坂を留めています。

大曽根成就院帰るさに「有りとある たとえにも似ず 三日の月」
芭蕉50回忌の寛保3年(1743)笈日記(注)の句形により建立した句碑があったが、昭和20年の戦災で破壊、その後壊れた石をつなぎ合せて修復したものがあるが、その横に同24年新しい句碑が建立された。
この句を読み取ると三日月は色々なものにたとえられているが、例えば三日月眉、櫛,鎌などどれをとってもこの三日月が一番素晴らしい。というような内容という。(難しいです。皆様でご解釈のほどお願いします。)

    DSC00151.jpg了義院縮小  日蓮宗の寺であるが、なぜか鳥居がみられる。大阪府豊能群能勢町にある「能勢妙見(のせみょうけん)大菩薩」を勧請したからという。昔は神仏習合といい、同じ場所で神様と仏様をお祀りしていたので妙見大菩薩を仏教と同時に神道式に崇めようと鳥居が残されたといいます。1868年の神仏分離により、能勢妙見山はその沿革から寺として再認識されることになったということです。
この了義院でもその名残として鳥居が見られます。
 

 

 

005.jpg芭蕉句碑2個縮小 004.jpg新、句碑縮小
 右の句碑が寛保3年(1743)建立されたもので左にあるのは昭和24年並べて建立された新碑                                                                         

★(注)笈日記とは江戸時代中期に書かれた俳諧集で、芭蕉門下のすぐれた俳人(芭蕉十哲)の句を収めたものであるが、芭蕉終焉の記事に詳しいという。

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