町並みの移り変わり(No.2)

By , 2017年5月11日 2:02 PM

 陰涼寺 白壁1丁目
清水口交差点南西に間口の狭い陰涼寺(臨済宗妙心寺派)があります。尾張徳川家の墓所、定光寺(愛知県瀬戸市)の末寺として1706年この地に創建されました。定光寺の住職が名古屋城に登城する際にこの寺で休憩したといい徳川時代の寺域は630坪余有り、当時の町名表記は長塀町2丁目でした。その後三度の廃寺のたびに寺号も改め、明治19年(1886)定光寺の塔頭を移して再建し、今の寺号陰凉寺と改称しました。山門の屋根瓦には鶏像と葵の紋が見られ、鶏は「僻邪(へきじゃ)」の鳥とされ、この寺は邪気払いの「鶏薬師(とりやくし)」とも呼ばれていました。
ところが平成10年この貴重な鶏と葵の紋を持つ山門が突然取り壊されとても残念でした。その後寺の様子もすっかり変わっていきました。平成29年5月2日の中日新聞にこの陰凉寺本堂が西区に移転計画が頓挫と報じられていました。少し前に定光寺の違法山林開発が摘発され、この脇寺である陰凉寺にも飛び火しているようです。このことから近いうちには陰凉寺は姿を消すのではないかと思われます。やはり歴史は動き、止めることが出来ないのですね。

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  平成18年7月撮影           鶏と葵の紋がある山門の屋根
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  平成22年5月撮影、山門の取り壊し工事   平成29年現在の陰涼寺、山門はない

★参考 名古屋市史、ひがし見聞録、東区の歴史、中日新聞

4 Responses to “町並みの移り変わり(No.2)”

  1. smash より:

    walkerさま

    移ろい、消失などは歩く街角の景観を大きく変えます。
    本当によく見ておられるなといつも感心しております。
    殊に新旧比較は次元も加えてのご指摘で素晴らしいと思います。
    山門に鶏が上がっていたとは。。。
    見たかったなあ。
    肉冠と肉垂の感じは雄鶏を思わせます、が。

  2. walker より:

    smash様
    コメントを有難うございました。
    東区を歩こう!ですからいつも歩いて町の移り変わりを見ています。
    鶏冠がしっかりありますから雄鶏ですね。
    角度を考えて写真を撮るべきでした。

  3. smash より:

    walkerさま

    雄鶏みたいですね。
    通常鶏というより矮鶏に見えるのは、シーボルト展を見たせいかな。
    三つ葉葵のご紋を山門にいただいたお寺なんて、なかなか地位が高いんでしょうね。

  4. smash より:

    walkerさま

    東区を歩いてきました。
    先にご紹介いただいた、葵の河津桜、可愛く実をつけています。
    真っ赤になったものもあります。
    小さいんですが、鳥たちについばまれる前にご覧ください。

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