町並みの移り変わり (N0.7)

By , 2017年7月4日 8:51 PM

 「薬石碑」 平田町(へいでんちょう)交差点西  相生町33
平田町交差点の南北の道は国道19号線、片側4車線の広い道路です。そのすぐ西に並行して北へ行く道は現在の相生町、かつては善光寺街道の一部でした。今では旧街道の名残を残す貴重な道路です。外堀通り線を北の相生町すぐの敷地内に「薬石碑」がありました。明治の頃より名鉄小牧駅前の街道筋に薬の宣伝用として建てられていたそうです。三重県の薬業者「あかなべ」から薬を取り寄せ、小牧駅前で薬問屋を営んでいました。今でいう宣伝用の看板が街道筋にあったわけです。ここで働いていた方が名古屋に移って来た時この石碑を譲り受け昭和44年現在の敷地に移転、片隅に建てられました。
昨年この辺りの民家が空き家となっていたのでマンションが建設されることになりました。地上18階の高層ビルが4棟も建設されるようで完成は2年後です。「薬石碑」も昨年末取り払われ、しばらく西の駐車場に寝かされていました。建設が進んだ現在駐車場もマンションの敷地となり今や石碑の所在も分かりません。旧街道にあった「薬石碑」も見ることは叶わなくなりました。

旧善光寺街道
DSC03291工事現場縮小
 旧善光寺街道  マンション建設中のフェンス右に「薬石碑」があった
DSC03041あかなべはらくすり縮小 DSC02544井藤半助
東面に  かつてこのように設置されていた   駐車場に寝かされていた時。 下の方に「伊藤半助製」と読める

3 Responses to “町並みの移り変わり (N0.7)”

  1. smash より:

    walkerさま

    平田町、懐かしいです。
    赤塚、平田町、布池、新栄町と電停が続いていました。
    平田町では、飯田町の方へ曲がる線もあったのでは。
    19号線が整備され、旧電車道は目立たなくなりましたね。
    同じことは、鶴舞公園近くの、旧老松辺りでも見られますね。
    平田町奥には、ザンビって言いましたっけ、ちょっと不釣り合いな、引き戸のレストランがありました。
    アップルタルトが珍しかった。

  2. smash より:

    walkerさま

    前回は自分の懐かしさにだけ終始してしまいました。
    テーマの街並みの移り変わり、先のお宅の有無、屋根飾りや門の有無など、きちんと見た方の記録と比較がなかったら、誰も気づくことさえできなかったものですよね。
    過去を流す流れの勢いって良いんだか悪いんだか考えさせられます。
    今回感心しましたのは、旧電車道、今は拡幅された幹線道路、その一本内側に目を向けられ、謂れをご紹介下さいましたこと、大変ありがたく思っております。
    何れ、東区風土記などにきちんと上梓されては如何でしょう?

  3. walker より:

    smash様
    この一帯を良くご存知だったのですね。
    懐かしい思い出が蘇ってきたようで、やはり町並みの移り変わりは止められませんね。

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