町並みの移り変わり (No.8)

By , 2017年7月15日 9:13 PM

貞祖院南の空き地 泉三丁目
貞祖院は徳川家康の四男、松平忠吉の位牌所として建立され17世紀中頃までに清須越により現在地に移転した浄土宗の寺です。現存する本堂は明治5年に建中寺にあった霊廟の一つを譲り受けたものです。昭和20年の空襲にもこの一帯のほんの一部だけが焼け残り、今では本堂のみが当時の姿を残しています。戦後本堂南にあった墓地も都市計画により昭和32年までに東部丘陵地へ移転が完了、南の道路も拡幅されました。この本堂南には木造の家々が立ち並びましたがその後しばらく空き地、駐車場へと変わっていきました。その度毎に境内も狭くなり、昭和38年からは本堂奥の西にも道路が出来、オオカンサクラの植栽もされ、今日では市内でいち早く咲く桜の並木道として知られています。住所表示もかつては舎人町、今では泉三丁目となりました。
戦災で焼け残った一帯はこうして変わっていくばかりです。昨年からは広い駐車場もマンション工事が始まりNo.7で紹介した記事と同様、東区のこの辺りは広い土地があればマンション化となるのが常のようです。ここには地上15階のマンションが来年4月完成ということで又もやマンション化する町となるようです。

貞祖院
DSC05291本堂
    山門を入り奥にある本堂、東向きにある
DSC03289マンション建設 image1貞祖院南道路
  中央は山門、その右が本堂   南の道路から北へ、塀の終わりが貞祖院

★参考資料 ひがし見聞録  東区の歴史  都市計画地図 住宅地図

 

4 Responses to “町並みの移り変わり (No.8)”

  1. smash より:

    walkerさま

    今回のご紹介は難しいところですね。
    ひし形の公園の西にある、東を向いたお寺、ということですか。
    建中寺と関りが紹介されていますが、その子寺ということで、そちら向きなんでしょうか。
    山門が独立しているように見えるのは面白いですね。
    塀はどうしたんでしょう。

  2. walker より:

    smash様
    皆様があまりご存知ない名所、旧跡をご紹介するのが「東区を歩こう!」の主たる目的です。貞祖院は表通りにないので分かりにくい場所にあります。
    建中寺とは浄土宗繋がりではないでしょうか。たまたま道に沿って山門をつくると東向きになったわけです。山門に連なる塀は右手に少しあるのみで民家となっています。

  3. akatokuro より:

    45年前東区に嫁ぎ、ベビーカーに子供を乗せ東区内をぶらぶら散策していたのどかな頃と比べると、ずいぶん殺風景な味気ない街並みになりつつありますね。
    当時主税町や白壁・橦木町のお屋敷辺りは異空間のようで目を点のようにして散歩していました。
    いくら変化しても東区は大好きな町です。
    東区というと『良いところに住んでいるね!』と言われます。
    転居の時、第二の住処も「東区で!」でした。
    ここは泉に比べればまだまだ下町風情が残っていますが 単身アパートが乱立して行きかう人が変化しつつあります。
    時代なんでしょうね。

  4. walker より:

    akatokuro様
    コメントを有難うございました。
    東区は江戸期から明治、大正へと続く名古屋の近代化を伝える歴史的遺産が沢山残されています。そんな東区を紹介したく「東区を歩こう!」を発信していますが、最近急速に町並みに様子が変わっていくようです。
    コメントにあるよう白壁町、主税町、橦木町も開発が進むばかりです。出来る限り大切な遺産が残されるよう祈るばかりです。

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