昔を語る銘板 (No.1)

By , 2017年8月12日 9:17 PM

オアシス21 東桜一丁目
★新しいシリーズでご紹介する銘板は名古屋市の事業として地域の歴史や文化に触れる機会を提供しようと市内に設置したものです。東区内では2014年に初めて設置され、5カ所あります。順次紹介しますが前シリーズ「町並みの移り変わり」の元となる明治・大正・昭和からの変化を写真で偲ぶことが出来ます。

オアシス21、愛知芸術文化センター、NHK名古屋放送局、テレビ塔、栄バスターミナルなどがある一帯は進化した情報、文化、芸術の発信地となり、未来型立体都市公園となり市民の憩いの場所となっています。
江戸時代この一帯は名古屋城の南の外れで広い敷地を持つ武家屋敷が立ち並んでいました。明治の初めには屋敷跡に測候所、県庁、警察署、消防署、学校(県一高女)などの公共施設となり、昭和に入ってからも官公庁の立ち並ぶ一角でした。しかしながら第二次世界大戦によりすべて焦土と化してしまいました。戦後はその空き地に愛知県文化会館、栄公園が造成され、北にはNHK社屋、南には錦通り、西には久屋大通が造成され、テレビ塔も建ち昭和30年代には文化情報の発信地となりました、平成に入り建造物の建て替え、バスターミナル、オアシス21が建造され現在の栄一帯となっています。銘板では明治期の測候所、愛知県一高女、愛知県庁の写真と地図で移り変わりの様子が説明がされています。

 IMG_0506おあしす21銘板スマホ DSC03314オアシス21銘板
  後ろは愛知芸術文化センター   明治期の様子を現した写真と説明文のある銘板
 IMG_0500測候所切り抜き サイズ調整  IMG_0503県一高女切り抜きサイズ調整
  銘板から切り抜き
 明治23年建造された愛知県測候所
 現在のNHK名古屋放送センターの辺り
写真をクリックすると説明文が読めます
  銘板から切り抜き
 明治36年建造された愛知県立高等女学校
 現在の愛知芸術文化センター辺り
写真をクリックすると説明文が読めます

★参考資料 ひがし見聞録、中日新聞記事(2017年2月3日)

2 Responses to “昔を語る銘板 (No.1)”

  1. smash より:

    walkerさま

    おぉ、また新たなご趣向ですね。
    この銘板、見たことはありますが、芸文辺りの紹介にこのような内容があったとは知りませんでした。
    ご案内、ありがとうございます。
    クリックでのポップアップもおしゃれです。
    県一と明倫の合併が明和のもとですか。
    県一だけで、市一の菊里と共に女子高由来と思っていました。

  2. walker より:

    smash様
    コメントお待たせしました。
    時々ソフトが変わり、送信が分からなくなるんです。
    この銘板でこの辺りの明治時代の様子が良くわかりますね。

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