昔を語る銘板 (No.2)

By , 2017年8月23日 8:55 PM

ヤマザキマザック美術館前 葵1丁目
二つ目の銘板は新栄にあるヤマザキマザック美術館南敷地内にあり、地下鉄東山線1番出口前で非常に分かりやすい位置に設置されています。No.1で紹介した同じ平成27年3月に設置されたことが記されています。江戸時代には尾張二代藩主徳川光友が1679年(延宝7年)に造営した別邸「御下屋敷(おしたやしき)」がこのヤマザキマザック美術館がある葵1丁目から北東にかけて6万4千坪の広大な敷地がありました。御下屋敷は光友の休息と饗応(きょうおう)の場として造営されましたが、代々の藩主によってそれぞれの時代と好みを反映した手が加えられています。明治になって屋敷一帯の建物が壊され水田の広がる一帯となりました。それでも明治末期には御下屋敷の南半分の葵町一帯は官地となり、周囲には民家や工場が立ち並びはじめていました。この銘板には明治末期の葵町の自然豊かな田園風景と「佐々養蜂園」と読める写真が掲載されています。説明には現在の新栄交差点から小川町付近を写したものと記されています。

DSC_2534新栄銘板 全景 DSC_2533名盤全体
IMG_養蜂園 IMG_0522御下屋敷地図
IMG_0521説明文 ★右中央「明治末期と現在の地図」は御下屋敷のあった位置がグリンで現されています。
★左の中央は銘板にある写真を切り取りしました
明治44年の葵町の風景です。
銘板の位置から西北西を見ると「佐々養蜂園」と水田が広がっています。
★左下は写真の説明文です。クリックすると文字が読めます。

★参考資料 ひがし見聞録、 文化財標識

4 Responses to “昔を語る銘板 (No.2)”

  1. smash より:

    walkerさま

    うまく発信できるようになったんですね。
    何よりでした。
    なかなか発信が進まないので心配していました。
    この養蜂園の写真、見覚えがあります。
    何処で見たんでしょう。

  2. akatokuro より:

    「銘板」・・・・言われて見るとそういう標がありましたが 全くスルーしていて読んだことがありませんでした。まだ新しい~と言うことも驚きでした。
    こんど立ち止まって熟読してみます。
    奥が深い東区ですね! これからの紹介も楽しみにしています。

  3. walker より:

    smash様
    この銘板の写真は明治44年に撮影された当時を物語る貴重なものです。
    今ではビルばかりのこの一帯が100年ほど前は水田だったなんて想像するのも楽しいですね。

  4. walker より:

    akatokuro様
    コメントを有難うございました。この銘板は東区の行政が歴史ある東区をより深く知って頂くために設置したといわれています。
    何となく知っていても、古い写真を見ると納得ですね。
    時々、遊びに来て下さいね。

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