昔を語る銘板 (No.5)

By , 2017年10月4日 10:59 PM

矢田第二公園 矢田南四丁目
最後の銘板は平成29年1月に矢田南三菱電機名古屋製作所の東側、名城大学キャンパス近くに設置されました。銘板の左には昭和40年代の市電が走っていた頃の矢田南の風景を写した写真、右は大正12年三菱電機名古屋製作所の工場が出来る前、土地埋め立て工事に着手した頃の様子です。この辺りは水はけが悪く沼のようになっていたようです。大正末期以降から田園、工場地帯、戦後は小中学校が集まる文教地区、又団地と変貌を遂げた一帯となりました。平成28年4月には名城大学ナゴヤドーム前キャンバスに外国学部が開設され、イオンショッピングセンター、その東にはナゴヤドームなどが立ち並び、現在では発展の一途を遂げています。

矢田第二公園
DSC02805名城大学
   後ろの建物は名城大学
DSC02804矢田南銘板全体 DSC02806市電切り取り
 左は市電の走る様子、右は大正12年の沼地の様子
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 左の写真の切り取り、昭和47年に撮影
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★参考資料 中日新聞(平成29年2月3日掲載)

2 Responses to “昔を語る銘板 (No.5)”

  1. smash より:

    walkerさま

    60番台ですね。
    車庫は何処でしょう。
    0番台:稲葉地、
    10番台:浄心、
    20番台:沢上、
    30番台:高辻、
    40番台:大久手???
    50番台:港、
    60番台:わかりません、こちらが大久手?
    70番台:一色線ですが、車庫は?
    80番台:上飯田、
    90番台:ありましたか?ねえ、
    八事には引き込み線と転車台がなかったでしょうか。

  2. walker より:

    smash様は市電の事を良くご存知ですね。
    残念ながら番号で車庫がわかるなんて初めて知りました。
    確かに63番ですね。

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