戦争の痕跡を見る (No.7)

By , 2018年8月13日 2:54 PM

大曾根駅殉職者慰霊碑 東大曽根町
今年の名古屋は異常な暑さで40℃を上回る日もたびたびありました。東区を歩くこともしばらく休止してしまい申し訳ありませんでした。
間もなく73回目の終戦記念日8月15日がやってまいります。JR中央線大曾根駅南口の線路の西側には当時の国鉄職員30人が殉職したという慰霊碑が建てられています。大曾根駅付近では昭和20年4月7日午前11時から2時間アメリカ空軍のB29による激しい空襲を受けました。主目標は三菱重工名古屋発動機製作所でした。この時旧国鉄大曾根駅には約100人の乗客がいましたが、駅員のとっさの判断で乗客を列車に乗せ駅に避難中の中津川行きの列車に乗せ勝川駅まで送り出しました。その後駅員たちは防空壕に避難したものの直撃を受け30人が命を落としました。昭和21年この御霊を偲んで慰霊碑が建てられ石碑の裏には「昭和20年4月7日大曾根駅に於ける殉職者」と題して犠牲になられた30人の氏名が刻まれています。うち12人は女性でありました。この慰霊碑が置かれた場所はかつては大曾根駅南口改札口を入った所にあったものが現在地に移設され、乗降客以外でも目に触れることはできるようになりました。しかしながらここを通る人はほとんどなくなり又もや人々の目に触れる機会がなくなってきたようです。今回も戦争の傷跡ではありませんが、この碑も戦争を思い起こす貴重なものです。

慰霊碑
IMG_2469大曾根慰霊碑
 この位置ではあまり目につかないのが残念です  右の高架がJR中央線、東側に南口改札
IMG_2470慰霊碑No.2 IMG_2471慰霊碑背面
 立派な慰霊碑も今や忘れ去られたように  殉職者30人の名が刻まれています

★参考 ひがし見聞録、 文化・情報・広報誌「風は東から」第2号、第32号

4 Responses to “戦争の痕跡を見る (No.7)”

  1. HISASHI より:

    身近なところに戦争の痕跡を教えて頂き、有難うございました。
    30人の死者数、女性が多かったこと、そして慰霊碑の大きさに驚きました。多くの乗客を救った後の悲劇だっただけに残念な悲劇でした。慰霊碑がしっかりと管理されている様子ですので、救われた気持ちなります。

  2. walker より:

    HISASHI様
    コメント有難うございます。
    東区には昭和19年12月から翌年4月にかけあちこちに焼夷弾が投下されたということです。戦争の悲惨さを語る人たちも少なくなり、この碑が貴重な語り部となっています。
    ただ、あまり人目に触れることが少ない場所にあるため残念です。

  3. yamabuki より:

    懐かしいですね。大曽根駅の慰霊碑は以前じっくりと拝んだことがありますが、戦争は本当に悲惨な不幸な結果しか残らないですね。特に多くの非戦闘員、女性、子どもたちが・・・犠牲になり。大曽根駅で思わず涙をしていました。
    今年は73回目の終戦記念日ですね。平成も残り少なくなり、昭和ははるか遠くとなり、あの戦争も歴史の中へと遠ざかるのは残念なことですね。

  4. walker より:

    yamabuki様
    大曾根の慰霊碑ご存知だったのですね。
    「じっくり拝んだことがある」「涙してしまいました」の言葉に心打たれました。
    この取材で簡単に手を合わせてだけの自分に深く反省しました。
    8月15日の今日、この戦争でかけがえのない命を失った方々を思い起こし、平和の大切さを願うばかりです。

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