明倫堂、ゆかりの地を訪ねて その2
「永照寺本堂(明倫堂聖堂)」 羽島市福寿町平方
明倫堂ゆかりの地を訪ねて(その1)で紹介した明倫堂聖堂が岐阜県羽島市「永照寺」の本堂として残されているということで訪ねてみました。現中区東照宮にあった「明倫堂」の聖堂は明治維新後の廃藩置県により明倫館も廃止され、聖堂も売却に出され明治6年(1873)に羽島市の永照寺に移され本堂として改築されたという。そのままの場所に残されていたら昭和20年の戦災で焼失していたが移築されたおかげで羽島市の永照寺で聖堂を目にすることが出来るわけです。
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この聖堂は入母屋、妻入り、唐破風向拝(からはふうこうはい)付、桟瓦屋根(さんがわらやね)、周囲に浜縁(はまえん)を巡らし、正面には木階(もっかい)を設けています。妻入りとは縦長になった側面が正面となった入口のことで、内陣は外陣より2尺以上高くなっているという。向拝は後拝とも書きますが本屋から張り出して設けた庇を設けた部分です。こうした構造は一般寺院には見られない形式で、聖堂の建築も種々の変遷があったようであるが、天明頃の一形式を知る上で貴重な資料という。
昭和30年には岐阜県重要文化財に指定されました。
★参考資料 岐阜県教育委員会社会教育文化課ホームページ
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永照寺は山号を光明山、浄土真宗大谷派の寺です。1533年に光照寺として開創されましたが、長島一向一揆で破壊されその後永照寺として再興されました。写真は改築された現在の永照寺の本堂内部です。お庫裏様にお願いし、写真を撮らせていただきました。天明7年(1787)の建築ですから築後220年以上も経ています。 |