Category: 屋根神様を見つけよう!

屋根神様を見つけよう!(12)徳川二丁目(須佐之男神社内)

By , 2012年2月16日 9:37 PM

 山口町交差点北東、須佐之男神社内に屋根から降ろされた屋根神様を見つけました。緩やかな曲線をもつ美観豊かな流れ造りとなっていて銅板葺きです。いつ、どこからここに移転したのか色々な方から情報を集めてみましたが、あずま中学付近からここへ移転したとか。しかしこれもはっきりはしません。お隣の家に入り伺うと組内で毎月1,15日には榊を供え、6月第一週の天王祭りなどには組内総出で祀るそうですが、やはりいつ、どこからここに移転したかは分からないそうです。町内のこうした行事は記録もなしに人々によって受け継がれているだけなのでしょう。

★須佐之男神社と書かれた石柱の側面には御大典記念と刻まれ、反対側には昭和三年十一月と刻まれていました。昭和天皇の御大典記念に建てられたものと分かります。
右の写真の柵の中を良く見ると新しい榊を見ることができました。

屋根神様を見つけよう!(11)筒井3(物部神社内)

By , 2012年2月1日 10:13 PM

 桜通り赤萩交差点北東に物部神社があります。ここに町内でお世話出来なくなった屋根神様が修められています。神社の北には南を向いた祠が4基ありますが、聞くところによると向って左にある2基が屋根神様ということです。左にあるのが車道4,5が一緒になりここに、その右隣りが豊前町にあった屋根神様ということです。昭和51年にこのような形になったそうです。東区を歩いて何とか屋根上にある屋根神様を見つけようとしましたが時すでに遅かりしなのでしょうか。

 狛犬の後ろに4基ありますが左の2基が屋根神様とか?  社殿様式は板宮造で途中で屋根が折れ曲がっているよう     な造りです。緩やかな曲線を持つ流れ造の変形で昭和以降この造りが普及型として流行したということです。

屋根神様を見つけよう!(10)黒門町68(アパートセリエ黒門横)

By , 2012年1月15日 7:44 PM

 1月15日はどこの屋根神様においても月並祭が行われているようでした。ここ黒門町交差点東で見つけたものは屋根神様と言ってよいものか、新しいケースに入れられた神棚のようなものでした。かつてはどんなものか知りたいのですがこうした町民信仰は記述もなく、住民によって受け継がれているだけのようです。

 ガレージの奥でしょうが、 神棚には津島、熱田、秋葉様が祀られていました。 それでも外囲いに覆われ住民によって
守られているのでしょう。

屋根神様を見つけよう!(9)黒門町143(天王社神域内)

By , 2012年1月2日 8:24 PM

 黒門町交差点信号機すぐ南の天王社神域内に屋根神様を見つけました。閉められた門扉の奥にあって通り過ごしてしまうかもしれませんが、1月1日門松が飾られ鏡餅が供えられて正月の様子を感じることができました。切妻造り、銅板葺きでやはり台上にありました。

黒門町143
 

★今回はあちこちの屋根神様の正月風景を見て回りました。

建中寺公園総門東にあった屋根神様です。正月なのでここでも鏡餅が供えられていました。写真を写していたら偶然にもこの屋根神様が筒井町3丁目の刷毛屋さんの庇の上にあったというそこのご主人に会いました。お話によると昭和29年頃この家の屋根から降ろされ、この場所に移転、現在では筒井町天王祭りの組合の皆様によって保存されているそうです。

★その他の屋根神様

前回紹介した車道2の消防団西にあった屋根神様です。
小さいながらも鏡餅が供えられていました。
 
筒井町4の湯取車納庫前です。
やはり鏡餅が供えられていました。正月には鏡餅を飾る風習は残されているようです。
 

屋根神様を見つけよう!(8)車道二丁目(消防団西)

By , 2011年12月26日 8:42 PM

 東海学園高校正門を少し南に行くと車道二丁目にある消防団の西隣にやはり台上にある屋根神様を見つけました。切妻造り、銅板葺きで大きな鳥居の奥に屋根に覆われた中にありました。切り妻造りは屋根の形は山形で単純なものです。
 屋根神様の歴史は明治維新以降、コレラ、天然痘などの疫病が流行又住宅の増加に伴い火災が頻発により天王信仰と秋葉信仰が盛んになりました。その後熱田神宮を屋根神様に祀るようになったのは明治40年頃からのようで出征兵士を戦場へ送るとき、組又は町内の人々による「武運長久祈願」が行われ家族や隣組の人々の無事を祈ったことから始まりました。後に氏神様も祀られるところもありました。

車道二丁目{東海学園高校南)
この写真は12月15日の月次祭で写したものです。お供え物が並べられるのは月次祭のときだけなので1日、15日に重点的に見つけたいと思っています。左から秋葉神社、高牟(たかむ)神社、熱田神宮、津島神社と四つの提灯が祀られています。

屋根神様を見つけよう!(7)代官町25(代官町会館隣り)

By , 2011年12月15日 8:06 PM

 筒井町を西へ進むと代官町となります。この代官町でやはり屋根から降ろされた屋根神様を見つけました。昭和13年頃、区画整理の折、屋根から降ろされたようで最初は竪代官公園内(マップ参照)に置かれましたが、集会所である代官町会館が建てられた昭和53年頃ここに移転したそうです。
 社殿様式は山形造り、銅板葺き、前回(6)「建中寺公園総門東」で紹介した唐破風造りの変形です。大型から小型まで数多くあり、大型は桧皮葺(ひわだぶき)であったと考えられています。金具などの装飾も豪華でこの社殿にもそうした金具が見られます。今日15日は月次祭が行われたようで紫の幕、榊、お神酒などの供え物を見ることができました。

代官町会館

★屋根には立派な装飾と金具がみられます。かつてはこの屋根神様が庇の上にあったことを想像すると時代の流れをくい止めることが出来ず残念です。

屋根神様を見つけよう!(6)筒井町一丁目(建中寺公園総門東)

By , 2011年12月1日 8:53 PM

 徳川家の菩提寺である建中寺総門東にある屋根神様も今日一日は月次祭(つきなみさい)が行われたようで紫の幕、お供えを見ることができました。やはり台上にあり、社殿の様式は唐破風造り、銅板葺きとなっています。北野天満宮の向唐門の様式を模した、穏やかな曲線を持つ美観豊かな社殿です。裏筒井町から現在地に移されたというが、町内、組内でお守りしているだけで記述もなく良く解りません。

      建中寺総門の右手にあります       豪華な銅板葺きの唐破風造り
筒井1-11

屋根神様を見つけよう!(5)筒井一丁目(筒井小学校北西)

By , 2011年11月25日 8:38 PM

 筒井小学校北西で見つけた屋根神様もやはり屋根から降ろされ、台上に有りました。「流れ造」という緩やかな曲線を持った美観豊かな社殿で初めて見た桧皮葺(ひわだぶき)でした。桧皮葺を守るためか外囲いに覆われてはいましたが、傷みが激しく樋も垂れ下がっている状態でした。桧皮葺も相当年月が経っているようで、こうした物を守るのは地域の方だけでは難しいのでしょう。いつ社殿が屋根から降ろされたのか又どこからなのか記録もなく、すぐ近くの方にこの屋根神様の場所を尋ねてもご存知無かった方もありました。今や屋根神様は民衆から忘れられようとしているのでしょうか。
 しかしながら、良くみると社殿の屋根の上に神紋を見ることが出来ました。この屋根神様が1階庇の上に祀られたときはさぞ立派な様子であったことがうかがわれます。

   左の道を奥(西)へ行くと建中寺公園となります      垂れ下がった樋が年月を感じます
筒井一丁目13

★桧皮葺屋根の上にある神紋
左は津島神社の木瓜紋(もっこうもん)、中が熱田神宮の桐竹紋、右が秋葉神社の楓(天狗羽根団扇)が見られました。

屋根神様を見つけよう!(4)筒井四丁目(湯取車納庫前)

By , 2011年11月15日 10:09 PM

 屋根神様は毎月1,15日に月次祭(つきなみさい)が行われ、その折には提灯、紫の幕、供え物などを見ることが出来ます。筒井町天王まつり(毎年6月第一土、日)に引き出される湯取車山車(だし)の納庫前で屋根から下ろされた屋根神様を見つけました。時代の流れとともに屋根神様は地上に下ろされたものが多いようです。この屋根神様は開府400年記念として昨年2010年に造りかえられたもので真新しい社殿を見ることができます。

   湯取車納庫の前にある筒井町屋根神様     左に開府400年記念と刻まれた石柱があります

今回からは社殿の様式を少し調べてみましょう。この社殿の様式は「神明造り」、伊勢神宮の社殿を模したもので切妻です。棟の両端は交差して突き出した千木(ちぎ)があり、棟の上には横に並べられた鰹木(かつおぎ)が見られるのが特徴です。
この社殿は6本の鰹木が見られますが、様々のようです。

筒井四丁目

 今日11月15日は月次祭が行われたようで榊、お神酒、お供え物が見られました。

屋根神様を見つけよう!(3)泉三丁目12(舎人町)

By , 2011年11月12日 7:10 PM

  かつて舎人町(とねりちょう)と云われていた一帯は今では泉三丁目という住所表示に変わってしまいました。舎人町は戦災を免れた家々が建ち並んでいましたが、いつの間にかわずかな長屋を残すのみで周りは駐車場と化してしまいました。この長屋の庇のの上に屋根神様を見つけたのですが、残念!形骸のみとなり、いつかは取り払われてしまうのはないでしょうか。

    昔の面影を残すのはここだけになりました。     う~ん、屋根と柱だけになっています。

 屋根神様が明治の初期から祀られたのは明治10年代からの悪疫の流行(天然痘、コレラ、赤痢)と相次ぐ火災の発生とかかわりがあると考えられます。(1)で述べた三つの神様のうち尾張の津島神社は疫病退散、秋葉神社は火の神、熱田神宮は武運長久祈願として祀られたのではないかと思われます。(参考、東区の歴史)

泉三丁目12-17

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