Category: 町の情報

養念寺南の道路 豆知識

By , 2020年7月6日 8:42 PM

前号、大光寺豆知識で紹介した溝(みぞ)は元禄年間、文政年間(1818~1830)の古地図を見ると大光寺南からさらに東の養念寺辺りまで一直線に延びこの養念寺辺りで消えています。
養念寺は浄土宗大谷派東本願寺の末寺で慶長2年(1597)の創建で同9年萱町(かやまち)から泉三丁目(旧飯田町)の現在地に移転した寺です。養念寺の後園には寺の創建前から古い池があり、この池を改修し庭園にしたのが「烏ガ池」です。泥土の色が黒かったためその名が付いたといいます。この池は今でも水は枯れることはなく、又水源は地下からの湧き水ということです。松山神社の「恵みの水」も地下からの湧き水ということでこの辺りに水脈があることが想像されます。
戦後の都市復興工事で大光寺から松山神社までかつてあった道と溝は途切れ、住宅地となり現在では松山神社から養念寺、さらに東へと道を見ることが出来ます。この道を造るにあたり「烏が池」にかかり、この池を壊すことになりやむなくカーブの道になったと住職様に伺いました。現在庫裏を改修中で基礎工事で地下を掘ったら水が流れ出し、工事は慎重を期しているそうです。やはり烏が池の湧き水が関係しているのでしょう。

IMG_5565.jpg道路のカーブ IMG_5552 (1).jp庫裏改築
 工事柵の奥が「烏が池」、カーブの道  庫裏の基礎工事、樹木の奥が「烏が池」

 

 

新栄町付近の夜の風景

By , 2020年6月4日 9:48 PM

コロナ感染での自粛は緊急事態宣言が解除されたとはいえ、まだ感染リスクは消えず夜の新栄町はマスクをした勤め帰りの人がまばらに歩いているのみです。夜の散歩でライトアップされた建物が目に入り昼間の様子とは違った趣を見ることが出来ます。新栄町交差点北東にエレベーターが設置された地上がヤマザキマザック美術館です。工作機械メーカーのマザック創業者が収集した美術コレクションを公開しています。コロナ感染防止でしばらく休館していましたが、6月2日から開館となったようです。

IMG_5469.jpgマザック美術館前 IMG_5470.jpgマザックショールーム
ロダンの作品と交差点角にある大楠、静かです。 マザックのショールームが綺麗にライトアップ
 IMG_5457.jpg横山美術館  IMG_5474.jpgカトリック布池教会
  横山美術館のライトアップ  カトリック布池教会のライトアップ

オアシス21のライトアップ 

By , 2020年5月22日 4:27 PM

新型コロナウィルス感染予防の緊急自粛宣言も愛知県は1週間ほど前から解除になりました。1か月近く「東区を歩こう!」もお休みしていましたが、20日の夜はオアシス21へ出かけてみました。8時過ぎ相変わらず人通りは少なく、すれ違う人もちらほらです。全員と言っていいほどマスク着用。日常が変わってきたことを感じます。
丁度20日からコロナウィルスで負担が増している医療従事者の応援するためテレビ塔、オアシス21をブルーでライトアップ。テレビ塔には「みんなありがとう」の文字が映し出されていました。これは3月にイギリスで始まった医療従事者を励ます運動で
31日迄熱田区の名古屋国際展示場でも「ブルーライトアップ」としてライトアップされるようです。

IMG_5422.jpgテレビ塔みんなありがとう オアシス21

 

 

町並みの移り変わり 続3

By , 2020年3月24日 10:57 AM

旧料亭樟(くすのき)白壁4丁目 92
国道41号線(名古屋市高速)から東に延びた東西の道は白壁4丁目となっています。名古屋市高速から2軒目南側に「旧料亭樟」があります。門と塀は大正初期造られたもので、黒い板塀と塀越しに見られる木々の緑がこの町にしっとりと調和して町の景観を造っています。平成5年10月には都市景観重要建築物に指定され、平成9年まで料亭として使用されてきました。しかしながら、外観は保たれているのですが、いつの間にか母屋が壊され奥を覗くと更地になっていました。黒い板塀の足元には通りに面して駒寄せも残され、昔の景観を残しています。出来る事ならこの景観だけは残されることを望みます。

IMG_5330.jpg縮小 IMG_5328.jpg縮小
 門と塀は残されている  奥を覗くと何もない

 

オアシス21のライトアップ

By , 2020年3月14日 10:28 AM

東桜1丁目、テレビ塔東にある「オアシス21水の宇宙船」が日没からライトアップされています。「四季の彩(いろどり)」と題して四季に合わせたカラフルな色(ブルー、紫、オレンジ)クリスマスバージョン、虹色もあるそうです。新型肺炎ココナウィルスの蔓延で、外出を自粛されているからか昨夜金曜日、普段なら家族連れデートで賑わうはずが人影はほとんどありません。そんな中、グリンにライトアップされた照明が、いつもと違う光を放っているように思われます。

IMG_5317.jpg縮小 IMG_5318.jpg縮小

装飾門松

By , 2020年1月4日 2:48 PM

門松の起源は松の木に神が降り立つという古代のいわれから正月にはその年の安泰と無事を祈るトシガミサマをお祀りします。その降り立つ場所を示す目印として家の門に松を飾ったのが始まりであるようです。時代と共にお正月の装飾かざりとして変化、縁起物の竹、梅、南天(難を転ずる)、飾りにボタン、色々なのもが使われるようになりました。今日町で見かけたお洒落な門松に足が止まりました。寸胴(ずんどう)真っすぐに横に切った竹に紅白の水引、白の水引の上には稲穂、赤には南天が束ねられ、松とその下には金と銀に染められた笹が左右に一番下は千両。センスの良い現代的な門松でした。

image0.jpegワインバー 門松.jpg縮小 縦image0.jpegワインバー .jpg縮小
 泉2丁目、飯田町南にあるワインバー前の門松 松は横に切り紅白の水引と稲穂、南天

初詣風景

By , 2020年1月2日 2:59 PM

明けましておめでとうございます。
いよいよ令和2年が始まりました。今年初めての発信は初詣の風景です。

徳川2町目1番、赤塚交差点にある神明社では近所の氏子さんたちのお手伝いによるお神酒、甘酒が振る舞われ大勢の参拝者が順番を待っての参拝で賑わいました。参拝が終わるとご縁の入ったお賽銭を頂き、来年はこれを又神社に納め新しいお賽銭と交換して頂くようです。
泉3丁目(旧飯田町)の松山神社は近隣の氏子さん達が家族でお参りされていました。

IMG_5046 (1).jpg神明社 image0.jpeg神明社、賽銭.jpg縮小
 順番を待つ参拝者たち  神明社で渡されたお賽銭
image0.jpeg松山神社.jpg鳥居 image0.jpeg松山神社拝殿
 松山神社は近隣の方達のお参り  この社殿は西向きで参拝者は輝く日の光を受けながら日の   神を拝んだといいます。日の神の信仰からという。

 

東区の門松を探して

By , 2019年12月28日 3:55 PM

門松の色々
門松は古くは木のこずえに神が宿ると考えられていたことからその年の安泰と収穫を祈るため、年神様(としがみさま)を家にお迎え、その降り立たれる場所を示す目印として立てたものです。平安時代初子日(はつねのひ)に外に出て松の小木を引き抜くという貴族の遊びで持ち帰った「子の日の松」「根引きの松」を長寿祈願のため愛好する習慣が門松に変化したものと考えられています。松は「祀る」(まつる)につながる樹木で門松は時代と共に変化、迎春飾りとして用いられたと考えられます。かつては神社に多く見られ、料亭、飲食店で良く見かけた門松も少なくなったようです。

徳川園 縮小  川園の門松は非常にシンプルなもので江戸時
代の門松を模して作成されています。中心の竹は1本、先端部を斜めに鋭く切った「そぎ」となっています。「そぎ」は徳川家康が始めたもので、元亀3年(1572)武田信玄との三方ヶ原の戦いで唯一の敗北を喫し、信玄に対し「次は斬る」との意味合いをこめたといいます。徳川園では「そぎ」を使用、左に雄松(黒松)、右に雌松(あかまつ)、松と竹のみ、結び目が梅を表しています。
IMG_5023.jpg須佐之男社縮小 徳川園から西へ、基幹バス通り古出来1丁目にある須佐之男社(すさのおしゃ)に飾られた門松は3本のそぎ切りの竹、笹と松、梅の他に南天、葉牡丹を添えた現在見かける一般的なものです。 
IMG_5027.jpg松山神社 泉3丁目(旧飯田町)にある松山神社の門松はシンプルなもので松と南天のみです。
松は矢張り雄松と雌松と左右違っているようですが、雌松は触ってみると柔らかい感触です。
門松は平安時代に年神様をお迎えする目印として家の前に立てたものですから、この形がルーツなのかも。

令和元年となった今年もあとわずか、来年は子年です。「東区を歩こう!」もゆっくりではありますがこれからも東区の情報をお届けします。
来年もよろしくお願いします。

含笑寺山門の移転

By , 2019年9月7日 11:00 AM

東寺町にある含笑寺 東桜二丁目
「東区を歩こう!」はゆっくり歩きですが今回も少し道草をして東桜二丁目、東寺町にある「含笑寺」山門の移転の話題を紹介します。含笑寺は右の記事の分類から「東寺町」としてすでに紹介済みですのでここからもご覧ください。東寺町は名古屋城と城下町がつくられた慶長15年(1610)の清須越により現東桜二丁目一帯に約40か寺が配置されました。広い寺域は戦いに際しての見張り、陣地になり特に駿河街道(飯田街道)からの不審者の守りなど城の防衛上の見地からでした。この寺町は日蓮宗、曹洞宗、浄土宗と宗派別に集められました。
含笑寺は鷲嶺山含笑寺と号して曹洞宗の寺です。1528年織田信長の父、信秀が母の菩提を弔うため清須に建立されました。旧松山町は禅寺町と称し、その東側には約四千坪の寺域を持った含笑寺が置かれました。この含笑寺の山門は清須城の城門を移築したもので約500年近くを経て老朽化、移転も出来ず保存という形にして、新しく寺の東に山門を建立するとのことです。旧松山町側にあった「含笑寺」の寺標はすでに移転、現在工事中です。

image1 (1).jpeg含笑寺旧山門.jpg縮小 含笑寺切り抜き
   右にあった寺標は移されました   旧松山町側にある山門と寺標(写真は移転前)
 image1 (1).jpeg含笑寺新山門.jpg縮小
  移設された寺標が右にあります

オオカンサクラとシティーマラソン

By , 2019年3月10日 2:53 PM

高岳交差点交差点近くで
地下鉄桜通線高岳駅交差点東を北へ延びる、泉二丁目と三丁目を分ける南北の道は名古屋市内でいち早く咲くオオカンサクラ、カンヒザクラの桜の名所として知れ渡りました。昨日8日は青空の中、桜も満開近しとなり沢山の見物者があちこちでカメラ、スマホを構える姿がみられました。今日9日は恒例の「名古屋ウィメンズマラソン」の開催日となり、花とマラソンの応援と両方が楽しめました。新聞によると何と23,599人がエントリーしたそうです。生憎朝から曇り空、10時過ぎには雨も降りだしランナーにとっては過酷なレースとなりました。9時10分ナゴヤドームを出発、10時過ぎ先頭集団が桜通りを西へと高岳交差点を通り過ぎました。その1時間後には名古屋城周辺を一回り後、再び東へゴールのナゴヤドームに向けて姿を見せました。この時は集団もなくなりケニア勢の優位、一般市民ランナーも6時間30分の完走を目指し、思い思いのウェアーで沿道の声援の答えていました。日本人トップは全体5位の岩出玲亜、2位は全体8位の福士加代子でした。
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IMG_3707名古屋シティマラソン IMG_3724先頭集団
 車も通行止めとなった桜並木 10時過ぎ、桜通り高岳付近の先頭集団。No.9の福祉

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