名古屋ウィメンズマラソン

By , 2020年3月8日 2:51 PM

3月8日、東京オリンピック女子マラソン代表最終選考会を兼ねた名古屋ウィメンズマラソンが冷たい雨の中名古屋ドームをスタートしました。今年は新型肺炎コロナウィルスの感染予防のため、一般ランナーの参加も取りやめられ、エリートの部(3時間以内の完走履歴のある人)だけの参加となり、沿道での応援自粛もあり静かなマラソン光景となりました。東区高岳交差点泉2丁目付近は早咲きの桜、オオカンサクラが満開で毎年花見とマラソンが楽しめるのですが、今年は道行く人が傘をさして通り過ぎるのみです。高岳交差点復路34キロ付近では期待の一山麻緒選手の独走でトップで名古屋ドームにゴール、東京オリンピック出場権を得ました。

IMG_5276.jpg女子マラソンとオオカンサクラ IMG_5278.jpトップ一山
 桜通りは通行止めのガードと道行く人もまばら  一位を独走の一山選手
 IMG_5287.jpg二位集団  IMG_5290.jpgテレビから
  二位集団の選手、沿道のボランティアもない静かさ  一位でゴール、2時間20分29秒(東海テレビより)

 

 

町並みの移り変わり 続2

By , 2020年3月5日 6:15 PM

白壁四丁目の変貌
「町並みの移り変わり続1」でアップした白壁四丁目の空き地から西へ100m程行くと「料亭加茂免」があります。その西隣の住宅が又取り壊されました。白壁四丁目の一帯はどこも大きな敷地であるため、更地になるとその広さに驚くばかりです。時代の流れを今まさに目にして変わっていく町並みを見つめるより他ありません。立派なお屋敷が続く町並みはやがて高級マンションの建ち並ぶ町並みになるのでしょうか。

IMG_5238.jpg加茂免 IMG_5239.jpgグランドメゾン白壁
 左の白い塀は「料亭加茂免」樹木もなくなります。  後ろはマンション「グランドメゾン白壁」

徳川園の流し雛

By , 2020年2月23日 5:36 PM

徳川園で23日午後から「流しびな」のイベントが行われました。流し雛の風習は平安時代3月3日の夕方、雛人形を川に流して送る行事で厄除けと身代わり信仰の風習から生まれたものです。自分の身のけがれを身代わりとして水に流して清めてもらうものでした。それがいつしか自分の願い事を紙に書いて雛と共に流すような行事に変わっていきました。
徳川園では用意された紙のお雛様の懐に願い事を書いた紙を入れ、竹を輪切りにした船に乗せて龍仙湖に流すものです。沢山の親子連れが訪れこのイベントを楽しんでいました。

IMG_5230.jpg流しびな2 IMG_5222.jpg縮小
龍仙湖に竹の境界を作り川に見立て雛人形を流します   亀島に向かって流れていきました。
IMG_5229.jpg鯉と雛 IMG_5235.jpg鴨
 流しびなも鯉の伴走で一緒に   鴨ものんびりとこの光景を見ているのかな?

泉3丁目のオオカンサクラ

By , 2020年2月20日 9:07 PM

今年は暖冬の影響で桜の開花も早いようです。その中でも泉2丁目と3丁目を分ける北は白壁、南は桜通りに至る約1kmに至る南北の道に咲くオオカンサクラは名古屋市内でいち早く咲く桜です。例年3月10日過ぎに見頃になるようで、今年も3月14日に「桜みちまつり」のイベントも企画されています。20日の今日は3月中旬の暖かさということで、その中でもチラホラと咲き始めた木があちこちに、飯田町南の交差点にある桜の木はもう5分咲きに近い木もあり、メジロまでが花をついばんでいました。

IMG_5197.jpgメジロ IMG_5151.jpgオオカンサクラアップ
 都会の中にもメジロがやってきました  オオカンサクラ

 

町並みの移り変わり 続1

By , 2020年2月12日 11:46 AM

  白壁町四丁目の変貌
最近町並み保存地区にあちこち空き地が目立つようになりました。長く続く塀と樹木、その奥にはゆったりとした日本家屋が町並みの景観を保っていました。しかしながら最近白壁四丁目、料亭「加茂免」を少し東へ行くと北側と向えの南側2カ所の住宅が取り壊され、広い空き地となっています。この辺りの住宅の敷地面積は300坪から600坪と非常に広く、それが取り壊されると驚くほどの敷地を見ることになります。南の敷地には6階建ての分譲共同住宅が建設されるようです。そこにある立て看板には2020年3月初旬に工事が着手されることが記されています。
この辺りでは広く立派なお屋敷が取り壊されるとほとんどがマンションとなるようです。時代の流れで町並みはどんどん変わり、それは止められません。しかし嬉しいこともあります。それはマンションに住む若い家族が増え、住民も多くなり町の若返りに繋がっていくのです。
数年前の町並みの様子を写した写真と比べてみてください

image0.jpeg白壁町空き地.jpg縮小 CIMG8880.jpg白壁町、近藤邸縮小
  東から西を見る、空き地となった現在
左奥は料亭「加茂免」が少し見える。
    左と同じアングルで撮った写真
左奥の白壁は料亭「加茂免」
この黒塀の住宅が取り壊された。今は無い!
IMG_5129.jpgアーカンジェルと近藤邸 CIMG8816.jpg近藤邸縮小
 西から東を見る。
左手前は迎賓館「アーカンジェル」
その奥はオレンジシートに覆われた空き地。
北と南に空き地。左奥は金城高校
   左の写真との対比を見て下さい
黒い塀とその奥にある木々はない
左の写真のオレンジ囲いが家のあった所

 

徳川園の花色々

By , 2020年2月2日 9:00 PM

徳川園は牡丹園に冬牡丹が展示され大勢の人が花を楽しんでいます。冬牡丹は1、2月に開花するよう促成栽培されたもので藁ボッチに守られ見事な花を咲かせています。そんな中、春の訪れを感じて咲き出した花たちを見つけました。牡丹園には藁ボッチに囲まれることなく自力で咲いた寒牡丹、赤い木瓜(ぼけ)の花、梅も咲き出しました。徳川園も開花の種類が変わり、本格的な春の花が咲き出す季節となります。

image0.jpeg寒牡丹 image0.jpeg呆け徳川園
 牡丹園に咲く寒牡丹、葉もなく枝も伸びていません  牡丹園北に植えられ、見過されているボケの花
image0.jpeg梅全体 image0.jpeg梅徳川園
牡丹園の南にある梅林の梅、チラホラですがこれから見頃。

 

徳川園冬景色

By , 2020年1月15日 9:48 AM

明治33年の遺構である徳川園黒門から石階段を降りると龍仙湖が広がりますが、その北側に「龍門の瀧」を見ることが出来ます。この滝は現東京都新宿区戸山にある「尾張徳川家戸山屋敷」にあったものを再現したものです。この戸山屋敷は尾張二代藩主光友が正室千代姫のため造営したもので、龍門の滝は鯉が滝を登き切れば龍になったという中国の故事「登竜門伝説」に基づくものです。戸山屋敷の龍門の滝は渓谷の飛び石の上を渡り切りきると急に龍門の滝から落ちる水が増して今、渡った石が水中に没するという趣向が凝らされていました。これは庭守りが人々が渡り切った頃を見計らい、堰の板を外して水を落とすという趣向が取り入れられていました。
この徳川園では平成16年のニユーアルにより、龍門の滝を再現、今回はポンプ仕掛けで水を上げ20分ごとにたまった水を滝壺に落とし、龍仙湖に注ぐという仕掛けが取り入れられています。滝の景観をつくるモミジは春の新緑、秋の紅葉と見事ですが、滝の落ち口は葉を落としたモミジの枝の間から冬の透き通った水面を見ることができます。

CIMG9934龍門の滝縮小 IMG_5070.jpg滝落ち口
 手前の石は戸山屋敷跡地にあった石で構成  滝の落ち口には澄んだ水が姿を現している


13日は成人の日でした。式典を終えた着物姿の女性があちこちで写真を撮る姿が見られました。徳川園の景色とマッチして素晴らしい写真となりますね。

IMG_5064.jpg西湖提成人式 IMG_5069.jpg成人式親子
 西湖提のアーチ状の橋の上で記念撮影   龍仙湖の周りを散策する親子連れ

 

 

 

装飾門松

By , 2020年1月4日 2:48 PM

門松の起源は松の木に神が降り立つという古代のいわれから正月にはその年の安泰と無事を祈るトシガミサマをお祀りします。その降り立つ場所を示す目印として家の門に松を飾ったのが始まりであるようです。時代と共にお正月の装飾かざりとして変化、縁起物の竹、梅、南天(難を転ずる)、飾りにボタン、色々なのもが使われるようになりました。今日町で見かけたお洒落な門松に足が止まりました。寸胴(ずんどう)真っすぐに横に切った竹に紅白の水引、白の水引の上には稲穂、赤には南天が束ねられ、松とその下には金と銀に染められた笹が左右に一番下は千両。センスの良い現代的な門松でした。

image0.jpegワインバー 門松.jpg縮小 縦image0.jpegワインバー .jpg縮小
 泉2丁目、飯田町南にあるワインバー前の門松 松は横に切り紅白の水引と稲穂、南天

初詣風景

By , 2020年1月2日 2:59 PM

明けましておめでとうございます。
いよいよ令和2年が始まりました。今年初めての発信は初詣の風景です。

徳川2町目1番、赤塚交差点にある神明社では近所の氏子さんたちのお手伝いによるお神酒、甘酒が振る舞われ大勢の参拝者が順番を待っての参拝で賑わいました。参拝が終わるとご縁の入ったお賽銭を頂き、来年はこれを又神社に納め新しいお賽銭と交換して頂くようです。
泉3丁目(旧飯田町)の松山神社は近隣の氏子さん達が家族でお参りされていました。

IMG_5046 (1).jpg神明社 image0.jpeg神明社、賽銭.jpg縮小
 順番を待つ参拝者たち  神明社で渡されたお賽銭
image0.jpeg松山神社.jpg鳥居 image0.jpeg松山神社拝殿
 松山神社は近隣の方達のお参り  この社殿は西向きで参拝者は輝く日の光を受けながら日の   神を拝んだといいます。日の神の信仰からという。

 

東区の門松を探して

By , 2019年12月28日 3:55 PM

門松の色々
門松は古くは木のこずえに神が宿ると考えられていたことからその年の安泰と収穫を祈るため、年神様(としがみさま)を家にお迎え、その降り立たれる場所を示す目印として立てたものです。平安時代初子日(はつねのひ)に外に出て松の小木を引き抜くという貴族の遊びで持ち帰った「子の日の松」「根引きの松」を長寿祈願のため愛好する習慣が門松に変化したものと考えられています。松は「祀る」(まつる)につながる樹木で門松は時代と共に変化、迎春飾りとして用いられたと考えられます。かつては神社に多く見られ、料亭、飲食店で良く見かけた門松も少なくなったようです。

徳川園 縮小  川園の門松は非常にシンプルなもので江戸時
代の門松を模して作成されています。中心の竹は1本、先端部を斜めに鋭く切った「そぎ」となっています。「そぎ」は徳川家康が始めたもので、元亀3年(1572)武田信玄との三方ヶ原の戦いで唯一の敗北を喫し、信玄に対し「次は斬る」との意味合いをこめたといいます。徳川園では「そぎ」を使用、左に雄松(黒松)、右に雌松(あかまつ)、松と竹のみ、結び目が梅を表しています。
IMG_5023.jpg須佐之男社縮小 徳川園から西へ、基幹バス通り古出来1丁目にある須佐之男社(すさのおしゃ)に飾られた門松は3本のそぎ切りの竹、笹と松、梅の他に南天、葉牡丹を添えた現在見かける一般的なものです。 
IMG_5027.jpg松山神社 泉3丁目(旧飯田町)にある松山神社の門松はシンプルなもので松と南天のみです。
松は矢張り雄松と雌松と左右違っているようですが、雌松は触ってみると柔らかい感触です。
門松は平安時代に年神様をお迎えする目印として家の前に立てたものですから、この形がルーツなのかも。

令和元年となった今年もあとわずか、来年は子年です。「東区を歩こう!」もゆっくりではありますがこれからも東区の情報をお届けします。
来年もよろしくお願いします。

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