3月 29

身近な材を、身近な道具に  ~都市の森再生工房の試み~

 街路樹、公園などの樹木を、”都市の森”と称し、この森の恵みを活用したいという仲間が集まったのが、「都市の森再生工房」です。
 住宅の建て替えにより庭がなくなるなど、さまざまな理由で伐採された樹木はごみとなり、活用されることはこれまでほとんどありませんでした。「それではあまりにもったいない」と、再生工房では木の幹や枝を引き取り製材して、手ごろな価格で販売。またベンチやしちりん炉台を製作して、イベントなどに貸し出しています。
  

 平成19年の火災で惜しくも本殿を焼失した赤塚・神明社。その折に切られたクスの大木は、縁台に姿を変えて社にもどってきました。平成20年夏に文化のみち二葉館で開催された「文化のみち市民遺産展」の展示用ついたてや、「歩こう!文化のみち」(平成20年11月3日開催)の際、オープンカフェで使われたベンチやテーブルも、再生工房により貸し出されたもの。ナチュラルな雰囲気が大正期の建物にも合うと大好評でした。
 たくさんの人に無垢(むく)の木のものを使ってもらうことで、身近なものを自分で作り、大切に使っていく姿勢を広めたいという「都市の森再生工房」の活動を紹介しました。
   「都市の森再生工房」(矢田東1-7) http://www.toshinomori.org/

3月 15

 「東区ものがたり」 では、今後、東区の歴史や文化について、定期的に連載していきます。 

第一回  陶磁器で栄えたまち

かつて、名古屋市東区は洋食器などの輸出用陶磁器の一大産地でした。

 明治29年、ノリタケの前身である森村組が全国から絵師を集めて、上絵付けの大規模工場を橦木町1に建設(敷地面積3,600坪、工員1,000人)。素地(絵付け前の白い陶磁器)を仕入れる瀬戸や多治見・土岐へ続く街道を中心に、区内にはたくさんの絵付け工場や問屋、輸出商などが軒を並べるようになりました。

 完成した製品は堀川まで馬車で運ばれて、はしけにのせられ、四日市港や名古屋港から世界中に輸出されたのです。
 昭和9年当時、区内で陶磁器関連産業に従事していた人は、約14,000人。区内にあった上絵付け工場の数は、600以上。戦前までは、日本の陶磁器輸出の約8割を、この界隈から送り出していました。

 当時の繁栄を今に伝えるのが、モダニズムの粋を集めた名古屋陶磁器会館(徳川1)、文化のみち橦木館(旧井元邸・橦木町2)と故春田鉄次郎邸(主税町3)です。
 井元為三郎は加工問屋として、春田鉄次郎は輸出商として一代でたいへんな財をなし、洋館と和館の並び立つ自邸を建てました。また陶磁器会館1階のギャラリーでは、職人たちのすばらしい技を見ることができます。
 ぜひ一度、おでかけください。

3月 10

創設 明治41年4月1日 (名古屋市16区で 西・中・南区とともに最初に誕生した区) 

面積 7.70k㎡  (名古屋市16区で 一番小さい面積) 

人口 72,272人 (名古屋市16区で 二番目に少ない人口)

学区(小学校区)  9つ

3月 10

3月 08

”伝統と文化のまち東区”

●東区は、名古屋市16区のなかで西区・中区・南区とともに、もっとも古い区のひとつ。

●寺院、神社仏閣、祭りの山車など今も残る貴重な遺産や近代産業盛隆を想わすモダンな建築物など、文化歴史を伝えるまち。

●古きものを残す一方、オアシス21・ナゴヤドームなど新しきものもあるまち。

あらかるとは、東区を紹介し、東区の魅力をお伝えします。

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